Vinyl and so on
Everything But The Girl『Amplified Heart』Blanco Y Negro, 1994 Buzzin' Fly Records, 2019
クリスマスアルバムではありませんが、トレイシー・ソーンの『Tinsel And Lights』に収録されていた〈25th December〉のベン・ワットの唄う作者ヴァージョンが聴ける故のご紹介。1994年にリリースされたEBTGの7枚目のオリジナルアルバムです。
〈25th December〉にはリチャード・トンプソンがギターで参加し、短いながらも渾身の演奏を聴かせてくれますが、これだけでなく〈Rollercoaster〉〈I Don't Understand Anything〉〈Two Star〉〈We Walk The Same Line〉の4曲にダニー・トンプソン(ダブルベース)とデイヴ・マタックス(ドラムス)のリズムセクションが起用され、うち〈I Don't Understand Anything〉〈Two Star〉ではハリー・ロビンソン、アレンジのストリングスが加わります。
ハリー・ロビンソンはニック・ドレイクの〈River Man〉やサンディ・デニーの諸作でストリングスのアレンジを手がけたイギリスのロック史には欠かせないアレンジャー。ダニー、デイヴ、ハリーの布陣はもうサンディの『Like An Old Fashioned Waltz』です。EBTGのベンとトレイシーはハリーの起用にかなり拘っていたようで、評伝『ニック・ドレイク 悲しみのバイオグラフィ』よると二人はニックの『Five Leaves Left』にも参加していたダニー・トンプソンにしょっちゅうハリーのことを訊いていたそうです。ダニーがあまり積極的に対応しないでいると、ベンは自分でハリーの居所を突き止め、トレイシーと連れだってハリーの自宅に押しかけたとのこと。ニックやサンディのアレンジのことをすっかり忘れてしまったハリーにその音源を聴かせ、ようやくアレンジを引き受けてもらったそうです。
こうして出来上がった『Amplified Heart』でしたが、皮肉にもこのアルバム所収の〈Missing〉のリミックス・ヴァージョンが世界的に大ヒット。この後EBTGはクラブシーンに活躍の場を移しドラムンベースの道を突き進むことになるのです。今では大ヒット曲〈Missing〉の収録アルバムとして語られることが多い『Amplified Heart』ですが、実はあるようでなかったネオアコの人気デュオと英国フォーク界のオールド・スクールとの歴史的な邂逅だったのです。クリスマスの日にこの傑作を別の視点で聴き直すのもよろしいのでは。
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Waterson:Carthy with The Devil’s Interval『Holy Heathens and the Old Green Man』Topic Records, 30 October 2006
デビューしたばかりのデヴィルズ・インターヴァルをコーラスに迎えて制作したウォータソン:カーシーの6作目。トピックの公式サイトでは彼らのベストの出来と紹介しています。〈New Year Carol〉で始まり、〈Sugar Wassail 〉〈May Song〉など季節や祭礼の唄で纏めるコンセプトはウォータソン:カーシー版『Frost and Fire』と云っていいでしょう。
特筆すべきはティム・ヴァン・エイケン の唄う〈On Christmas Day It Happened So〉。クリスマスを祝わずに畑を耕していた農夫がイエスに呪われて自身のみならず家族や家畜も滅びてしまうと云うショッキングなもので、古い時代の民衆が抱いていたイエスや聖書の物語に対するイメージが垣間見えると云われています。シュロップシャー州ラドロー近郊で録音されたジプシー女性歌手メイ・ブラッドリーの背筋がゾクゾクするような歌唱が、EFDSSが1971年にリリースしたフレッド・ヘイマーの『Garners Gay』に収録されていますが、ティムも彼女の歌唱で学んだとのこと。クリスマスソングの中でも際立った内容のトラッドです。
〈Jack Frost〉も極めつけです。ジャックフロストはイングランドに伝わる霜の妖精。作者マイク・ウォータソンは冷たいシベリアの荒れ野からやってきて窓ガラスに様々なデッサンやスケッチを残す巨匠として描いています。ここでは姪のイライザがマーティン・カーシーの弾くギターをバックに、ノーマやデヴィルズ・インターヴァルのローレンとエミリーの女声コーラスを従え、心にしみ入る歌声を聴かせてくれます。もともと名盤『Bright Phoebus』のデモ音源だったこの曲を逸早くカヴァーしたイライザのこのヴァージョンが、のちにペギー・シーガーやマーティン・シンプソンなどの名唱を生む先駆けになったのは云うまでもありません。ところでジャック・フロストを別名にするディランもこの名曲を聴いたのでしょうか。
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Kate and Anna McGarrigle『The McGarrigle Christmas Hour』Nonesuch, 2005
シリー・シスターズの1stで聴き馴染んだ〈Seven Joys Of Mary〉で厳かに始まるのはケイト&アンナ・マクギャリグルのクリスマスアルバム。ルーファスとマーサのウェインライト兄妹も参加し、まさにタイトルどおりのマクギャリグル家のクリスマスです。オリジナル曲を含め全14曲。ケイトとアンナはチーフタンズのクリスマスアルバム『ベルズ・オブ・ダブリン』で唄った〈Il Est Né/Ça Bergers〉を再演していますが、マーサも同アルバムからなんとジャクソン・ブラウンの〈Rebel Jesus〉をカヴァーしています。エミルー・ハリスのほかベス・オートンやテディ・トンプソン、パット・ドナルドソンもさりげなく参加。最後に去り行くクリスマス・アワーを惜しむように唄われるチャイム・タネンバウムの〈Blue Christmas〉が絶品。チャイムっていいシンガーです。
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The Young Tradition with Shirley & Dolly Collins『The Holly Bears the Crown』Fledg’ling Records, 30 October 1995
ヤング・トラディションがシャーリー&ドリー・コリンズと共演したこのクリスマスアルバムは1969年ロンドンで録音されました。しかし数週間後にヤング・トラディションが音楽的相違と経済的理由で解散してしまったためリリースが見送られ、74年にアーゴからシングルカットされた〈The Boar's Head Carol〉〈The Shepherd's Hymn〉を除き全曲が日の目を見るのは1995年のこと。その時にはヤング・トラディションのピーター・ベラミーとロイストン・ウッド、そしてドリー・コリンズは既に鬼籍の人。ライナーを書いたシャーリーとヘザー・ウッドは3人にアルバムを捧げています。
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Martina e Rosina De Peira『Nadal Encara』Revolum, 1984
ロジーナ・ド・ペイラ&マルティナはフランス・オクシタニー地方で活躍した母娘デュオ。80年代の初めに『Ié』『Trobadors』と続けざまにパワフルな傑作をリリースし、トラッドファンを驚喜させました。本作はもう一人の娘クララと古くからの友人Francesa Dagaを加えた4声のアカペラによるクリスマスアルバム。古くからオクシタニー地方に伝わるクリスマスキャロルをオック語で唄っています。タイトルの「ナダル・エンカラ」はオック語で「クリスマス(の歌を)もう一度(歌おう)」とのこと。日本では89年にユーロ・トラッド・コレクション・シリーズの第15弾として世界に先駆けてCD化されリリースされました。画期的なことでした。残念ながらロジーナさんは2019年に亡くなったそうです。合掌。
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